韓国・日本 のんびり旅・色々

慶 州


 

慶 州



仏教王国・新羅の古都と、まだ見ぬ韓国の美を訪ねる

 慶州(キョンジュ)・・・。朝鮮半島の南東部に位置するこの街は、伝説時代を含めると約1000年にわたってこの地を支配した仏教国、新羅の古都である。この街には朝鮮半島を統一して栄えた新羅時代の寺院や仏教遺跡、王族の宮殿跡、古墳が静かにたたずみ、新羅人の聖地である南山の四季折々の自然が、今も訪れる者の心を和ませてくれる。
 朝鮮民族の伝説上の祖、檀君(ダングン)が古朝鮮を開いたとされる紀元前2333年以降、朝鮮半島には、いくつもの小国が林立した。やがて紀元前1世紀から紀元4世紀、それらの小国は、北の高句麗、東西の百済、南東の新羅という三つの国に統合され、400年近くの間、三国時代が続く。そして幾度もの戦いの末、ついに676年、新羅が三国を統一。他国の文化を取り入れた新羅は、芸術の興隆に努め、その後250年余りの間、美しい仏教文化の華が開いた。
 

●古墳公園・王陵


広大な敷地に
緑の美しい半円形がずらり
 千年の古都、慶州市内のいたるところにおわんを伏せたような小さな円墳の王陵、古墳が目に入る。市内には各古墳群ごとに古墳公園が整備されているが、そのひとつが市の中心地にある皇南洞古墳公園で、慶州市で一般に古墳公園と言えばこの古墳公園をさす。
 12,000点もの副葬品が発見された天馬塚を始め、7基の巨大な新羅王陵を中心に23基の古墳群を整備した公園です。石垣に囲まれた敷地は15万�を超え、松林の間を行くと、芝に覆われた半円形が波打つように並んでおり、内部が見学できる天馬塚で、古墳の構造がよくわかる。古人の理にかなった建築技術の高さを垣間見ることができる。
 発掘調査で金冠などの副葬品が数多く出土している。この一帯にはまだ250基の古墳が眠っていると言われている。




韓国観光公社より派遣された通訳案内員・李正美さん






瞻星台(チョムソンデ)
慶州のシンボル、東洋最古の天文台
 7世紀の初めごろ建てられた東洋最古の天文台で366個の石で造られている。慶州のシンボルとして親しまれポスターや切手の図柄にもなっている。
 花崗岩を積み上げて造られており、新羅の高度な石造物技術を示す傑作。高さ9m、塔の中ほどに小さな穴があり、ここから差し込む光や塔の底にある水鏡で天体観測を行い、観測結果は占星術に利用され、国家の慶事や重要事項を決定する時の指針にされた。
 
●芬皇寺址・ブンファンサジ


獅子と狛犬、
金剛力士像に守られた石塔
 634年、新羅第26代善徳女王によって創建されたましたが、現在は小さな法堂と井戸、そして九重だったと言われる宝物の三重の石塔だけが残っている。レンガのように積み上げられた安山岩の黒い色と、花崗岩の扉に彫られた金剛力士像の白い色の対称や、台座の四隅でそれぞれポーズをとる獅子が印象的である。

●国立慶州博物館

古墳公園 芬皇寺址 国立慶州博物館 雁鴨池 海中陵 石窟庵 仏国寺 青磁窯・新羅窯



先史から三国時代、統一新羅まで
名品との出会い
 日本で、大和朝廷の統治がやっと始まった紀元前4世紀頃。朝鮮半島ではすでに古代国家が成立し、高句麗、百済の文化が大輪の花を咲かせていた。特に7世紀後半に三国を統一した新羅では、仏教美術や金細工の装飾技術が発達した。
 国立慶州博物館は、先史時代から新羅、統一新羅まで、慶州地方の遺跡から発掘された遺物を中心に展示されている。なかでも新羅の王陵である天馬塚などの古墳から出土した黄金の冠や各種装飾品をはじめ、雁鴨池から出土した金銅板三尊仏などは最大の見所である。
 本館と古墳館、雁鴨館の二つの別館からなっている。




 また、野外庭園には、寺院や宮殿跡から移された多くの石仏や石塔などが展示されている。
 韓国最古最大の聖徳大王神鐘(ソンドクテワンシンジョン)「エミレの鐘」に刻まれた精密な彫刻は必見である。
博物館入場口前で、館内音響案内器の貸し出しを行っている。時間の余裕があるとき借りると便利



小中学生の校外学習で博物館内は大混雑。



何故か出土される石仏には頭がない。廃仏時代の痕跡。
李さんの廃仏時代の歴史的背景について説明を聞きため息が・・・・。(最近のタリバンの石窟大仏の爆破と同じかも・・・)



解説員・李さんの躍動的な説明に聞き入る参加者
国宝「聖徳大王神鐘」。高さ3.3m、重さ約25t。
「エミレの鐘」という名で親しまれている。






●雁鴨池

古墳公園 芬皇寺址 国立慶州博物館 雁鴨池 海中陵 石窟庵 仏国寺 青磁窯・新羅窯



ありし日の盛大な宴が
しのばれる池の畔
 雁鴨池(アナプチ)は、三国を統一した文武(ムンム)王が674年に造成した人工池を配した豪華な離宮。池に面して多くの建物が建てられ、そのメインは慶事や迎賓の宴などが催された臨海殿で、当時は1000人を収容できる大ホールだった。復元された臨海殿は当時の四分一の規模に縮小されている。
 庭園には珍しい草木が植えられ、珍獣や珍鳥も放たれ、池では舟を浮かべて風流を楽しんだと言われている。 
 1975年から2年間行われた発掘調査で、池の複雑な形をしていたことがわかったほか、新羅時代の宮中生活がうかがえる遺品が多数出土、国立慶州博物館の雁鴨池館に展示されている。




●海中陵

古墳公園 芬皇寺址 国立慶州博物館 雁鴨池 海中陵 石窟庵 仏国寺 青磁窯・新羅窯




三層石塔・感恩寺 海龍伝説
 慶州東部の東海(日本海)に近いところにある感恩寺(ハムオンサ)址に高さ13.4mの東西一対の三層石塔(国宝)が立っている。感恩寺の創建にはいくつかの説話が伝えられている。そのひとつは新羅30代文武(ムンム)王(在位661〜681)が、日本の侵略を仏教の力で撃退しようとこの寺を建て始めたが、完成を見ないで没した。




 三層石塔は西暦682年に建立され、建立年代の確かなものでは新羅時代最古の石塔で、1960年、西塔を解体したとき、貴重な舎利装置が発見されている。金堂を中央にした東西両塔の伽藍配置は、統一後の新羅の典型的な双塔式で、日本の奈良・薬師寺の伽藍配置と類似していると日本の研究者らも注目している。




海中王陵  日本の侵攻に強い警戒心を抱いていた文武王は「私は死後、東海から進入してくる賊を防ぐため海龍になって国を守る」と遺言していた。死後、文武王の遺骨は海岸から250m離れた大王岩と呼ばれている岩島に埋蔵され、世界でも珍しい海中の文武王陵となった。
 周囲約200mの岩島は、東西、南北に十字の裂け目があり、その中心部長さ3m、幅2.2m,厚さ1.1mの石のふたをした墓がある。塩の干満で海水がこの十字路に出入りしている。

 また、感恩寺の発掘調査で、海龍になった文武王が海から金堂の床下に入れるように、金堂の礎石が特異な構造になっていたことがわかった。


金堂床下の礎石


●仏国寺)

古墳公園 芬皇寺址 国立慶州博物館 雁鴨池 海中陵 石窟庵 仏国寺 青磁窯・新羅窯



壮麗にして精工な
新羅仏教芸術の最高峰
 慶州市東方の新羅の名山、吐含山(トハムサン)中腹に建つ仏国寺(プルクグサ)は、新羅の仏教文化の粋を集めた名刹。「我が都が仏国(極楽浄土)のように平和であるように」と念願した第23代、法興王によって530年頃に創建されたといわれている。
 6世紀初めに建てられた寺は華厳仏国寺とよばれ、その後、8世紀中ごろ再建された寺が仏国寺とよばれるようになったと伝えられる。その後、火災や地震などで破損したが、1592年の文禄の役で、朝鮮に攻め入った豊臣秀吉によって全山の堂塔が消失した。その後、少しずつ再建され1969年から73年までの発掘調査の後、大々的な復元工事が行われ今日の姿になった。石造部分だけは当時のままで、新羅文化の完成度の高さを伝えている。






 仏国とは極楽浄土を称える言葉で、仏国寺境内の国宝の青雲橋と白雲橋、七宝橋と蓮花橋の石段は、俗世から仏国土、すなわち浄土への世界へのぼる道と言われている。
 紫霞門と安養門と名づけられた門にはそれぞれ2つの石橋が架けられ、その均整のとれた姿や石造技術の精巧さは、1500年近くたってもなを美しさが際立っている。



 青雲橋、白雲橋をのぼり紫霞門をくぐると回廊に囲まれた金銅釈迦牟尼仏坐堂(国宝)を安置してある大雄殿がある。
 大雄殿の前に石造の高さ10.4mの多宝塔、8.2mの釈迦塔が建っている。木造のように繊細で柔らかさを表している多宝塔、簡素ながら荘厳な釈迦塔はいずれも国宝、新羅石造の逸品で、特に多宝塔は韓国最古のものと言われている。

 極楽殿の金銅阿弥陀如来坐像(国宝)、昆盧(びる)殿の金堂昆盧遮那仏坐像(国宝)など、数多くの宝物に目を奪われ、時の経つのも忘れてしまう。 



大雄殿

多宝塔と釈迦塔



●新羅窯

古墳公園 芬皇寺址 国立慶州博物館 雁鴨池 海中陵 石窟庵 仏国寺 新羅窯



慶州伝統工芸村・新羅窯(新羅土器)
 仏国寺から普門湖へ向かう道筋にあり、漆器工房や灰黒色の新羅土器の工房をはじめ、仏画、民画、刺繍、金属工芸、紙工芸、竹細工など全部で
10の工芸作家の工房がある。各工房は見学できるようになっており、作品の即売コナーもある。
今回は新羅窯工房を見学。
 工芸作家の奥さんが広報担当で、登り窯や土器の実演について流暢な日本語で説明。工芸作家・柳孝雄先生は著名な方らしい。「新羅土器再現(復元)の夢を果たし、今日も良い作品製作に精進しており、経済観念はまったくありません。」との説明があり、(ハハーン!この後、ショッピングコーナーがあるなー!と思いきや)その直後に「こちらに出来上がった作品がありますので」とお土産売り場に誘導案内された。 登り窯の説明
「消防署に連絡してから火を入るんですよ!」

 

足でロクロを回し、アッと言う間に壷が出来上がった。
(所要時間約7分)
出来上がった壷の厚さ約3ミリでゴムのように弾力性があった。
 

参加者も恐る恐る触って「ワーッ!すごいゴム製品みたいに復元力がある」と驚嘆しきり。






↑ PAGE TOP